ニート・フリーター期間ありの私が日本で就職できた理由その1

 

就活が解禁される中、自分の就活を振り返る

6月1日に就活が解禁され、企業は人材採用に躍起になっているこのごろ、みなさまいかがお過ごしでしょうか。

うちの会社も人集めに非常に苦労しているようですが、新卒者からは全く見向きもされないような中小製造企業なので、どうにもなりません。

私自身、海外生活が長かったせいもあり、就職活動とは無縁でした。そもそも私、大学すら卒業していません。ニート経験、フリーター期間ありの底辺まっしぐらな若者時代でした。これじゃいかん、ということで一念発起し、フリーター期間で貯めた全財産を握り締め、重い腰を上げ、当時、眠れる獅子と呼ばれていた獅子がようやく目を覚まし始めた「中国」に飛び立ちました。

20代前半は中国の大学で語学留学し、留学が終わってからは現地の大手日系企業にそのまま就職しました。

あれから早いもので10年という月日が経過し、「中国語」だけを習得し、ようやく日本に戻ってきたのです。

したがって、私自身、日本の就職活動は未経験です。エントリーシートを書いたこともなければ、そもそも書き方すら分かりません。

35歳目前で日本に戻ってきたら驚くことに何も変わっていなかった

それくらい中国での10年間の変化がすさまじかったともいえます。

日本に帰ってみれば、どこにも建設中の建物はなく、道行く人、電車の中でずっと暗い顔をしながら携帯電話をいじるサラリーマンばかり。全く活気がありませんでした。

日本で再就職した今、その思い(活気がなさ過ぎるサラリーマンたち)はますます強くなるばかりです。

変わったことと言えば、みんなが持っている携帯電話がガラケーからiPhoneに変わったことくらいでしょうか。

それが先進国と新興国の違い、といえばそれまでですが。

35歳、転職年齢限界説を理由にそそくさと日本に戻る

あのまま中国にいても別に困ることはなかったのです。年収も700万円前後あり、いくら物価が高い中国・上海と言えども金銭的にはかなり余裕のある生活を送れていました。

ただ遅かれ早かれ日本に帰ることは決めていたので、中国滞在11年目、年齢35歳というキリのいい、そして決定的だった中国経済の減速が見られ始めた2015年のタイミングで日本に戻ることにしました。

そして35歳にして人生はじめての就活(就職活動)を経験することになったのです。

まずは転職サイトに登録「リクナビ」




もともとリクナビのアカウントを持っていたので、転職活動はリクナビを使っての転職活動となりました。

リクナビでは履歴書や職務経歴書を作成するのですが、まぁ、自分が作成したものは見事に悲惨な履歴書と職務経歴書でした。

ニート期間、フリーター期間あり、空白期間だらけの履歴書を書類選考で通す企業はどこにもありませんでした。

私の履歴書の中で唯一、そして最大の武器は「10年間の中国滞在で培ったビジネスレベルの中国語」だけでした。そう、語学のみだったのです。ただ、私自身、この語学のみで食べてきました。やはり語学というのは自分への投資の中で費用対効果は抜群ですね。

とにかく「中国語」を使いそうな企業へPRしていった

リクナビでは求人情報が毎週水曜日と金曜日に更新されるので、水曜日と金曜日の午前中はサイトにアクセスして求人情報を検索しまくりました。

ビジネスレベルの中国語しか武器がなかったので、ターゲットは「中国に関連のある企業」のみに絞りました。検索条件は「中国語」のみです。

すべての業種、勤務地は北海道から沖縄までの日本全国、年収は問わず、企業規模問わずという条件で探しました。

すべての業種と書きましたが、「交通」「サービス」「不動産」「外資」は応募を避けました。

そして、書類(履歴書)を該当する企業へ送り続けました。

つづく……

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